1986年、スタンリー・コーエン博士らは成長因子(グロースファクター:GF)の発見によりノーベル医学生理学賞を受賞しました。1996年、ロバート・カール博士らはフラーレンの発見によりノーベル化学賞を受賞しました。
フラーレンもグロースファクターも化粧品では最近よく見かける成分です。ただし、“ノーベル賞受賞成分”という表現は誤り。ノーベル賞は成分ではなく研究者とその功績に与えられるものであり、受賞内容と化粧品における効果効能とはまた別だからです。即ち、“ノーベル賞受賞成分”という広告はそれぞれの本質を全く理解していないものということです。
しかしながら化粧品や健康食品業界では、新しい理論や方法に対して食いつきがいいこともまた事実。最近ではテロメラーゼ活性化を謳う化粧品が増えています。
一見すると「テロメアを伸ばして若返り」ということはなるほどと思いこみますが、現状は「突っ込みどころが多く、真偽はまだよくわからない」というのが私の所感です。
まずはテロメラーゼ活性素材による抗老化説明をまとめます。
- 細胞にはそれぞれ分裂回数が決まっていて、その回数を決めているのがテロメアである。
- テロメアは細胞分裂を起こすたびに短くなる。
- テロメアが短くなった細胞は老化している細胞である。
- 老化した細胞は働きが鈍くなり、ハリや潤いを失いシワ・たるみやシミといった肌老化を引き起こす。
- テロメアを伸ばす酵素にはテロメラーゼというものがあるが、通常の細胞ではテロメラーゼが活性化していない。
- テロメラーゼを活性化することで、細胞を若返らせることができる。
- 若返った細胞により肌を若返らせることができる。
うーんなるほど。「肌が若い人は細胞が若いんだね…」と終わってしまうから右へ倣えでこの手の商材が次々と出てくるのでしょう。しかし、上記の説明には単細胞生物と多細胞生物、細胞内組織と細胞外マトリクスの観点から無理があります。
テロメアについては大学生時代に分子生物学の講義でちょっと触れた程度ですが、①と②、⑤は今のところ正しいと考えられます。ちなみに大学時代の講義では、がん細胞や幹細胞は「テロメアを持っていない」と教わったんですが、正しくは「テロメラーゼによりテロメアが短縮しない」のようですね。
問題は残りの③④⑥⑦です。
まず③のテロメアと細胞老化ですが、老化した細胞はミトコンドリアの働きが鈍くエネルギー(ATP)を上手に産生できないことが分かっています。しかし、ATPを産生しにくい細胞のテロメアが短いかどうかは分かりません。実証するためには個体差や環境差も検討しなければなりません。仮に老化した細胞のテロメアが短くなっていることが真であったとしても、④細胞老化と肌老化についてもそのまま正しいとはなりません。肌の潤いのカギとなる細胞間脂質やセラミドは、角化細胞が潰れることで産生されます。一義的には角化細胞の死骸が潤いを構成していることになります。もし角化細胞が細胞として老化しなかったら細胞間脂質は作られないのでは? という疑問が生まれます。
たるみはエラスチンと皮下脂肪と重力が原因です。しかし、エラスチンも皮下脂肪も細胞外組織です。確かにエラスチンを合成しているのは線維芽細胞なので、線維芽細胞の若さがエラスチンの合成に関与することは充分に考えられます。一方でエラスチンの代謝速度は健康であれば十数年とも言われているくらい緩やかなものです。細胞を若返らせたとして代謝速度が10倍になることはないでしょう。つまり④に関しては、証明は難しいながらも現状では誤りがある可能性が高いと考えられます。
⑥については③のコントラポジションなので割愛します。
最後の⑦ですが、傷の治りが早くなる、炎症が起きにくくなるなど、部分的には期待できることがあります。しかし、肌全体で考えると代謝速度や栄養状態の問題があり簡単に正しいとは言えないと考えます。
これらは各論ですが、総論としてテロメアの長さと若さに相関があるかを考えた場合にも無理があります。多細胞生物の場合、まず細胞が死んでも生物は死にません。加えて生物が死んでも細胞はその段階では死んでいません。このことから生物の寿命と細胞の寿命を同一に考えることはできないと断定できます。
もう一つ、生物の恒常性について。人の細胞数は37兆個とも60兆個とも言われています。もちろん体を解剖して顕微鏡で1個1個の細胞を数えることはできないので、算出であったり想定であったりする数字ではありますが、現状はテロメアのお陰で細胞数がある程度一定に保たれています。テロメアを伸長した結果、細胞総数が増えたりはしないんでしょうかね。さらに言えば、細胞の分裂回数が決まっているからこそ生体は細胞の突然変異に対して柔軟に対応できているのではないかとも思います。
新規の素材発見や、新たな仮説には夢や希望が詰まっています。そして化粧品や健康食品もまた商業的に消費者の夢や希望が詰まっています。2つの夢や希望がリンクすることで、新しいものや新しいことに食いつきやすいのがこの業界かもしれません。
しかし、時に新しすぎて真偽が定かでない事もあります。その際には如何にして現実に起こっていること、起こりうることを突き合わせるかについて考えなければ本当の商品開発には繋がらないと思います。
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